2022 0724 2254

 

  「言語化」するのが面倒臭い。誰に話すでもなく、ただひとり、頭の中で取り留めのないことを考えている時間が一番楽しい。考えたことを何とか形にして残しておきたいのだけど、言葉に直そうとするとどうしても齟齬が生じる。

 

 それで気分が萎えて、書くことを途中で諦める。それで×2 最近、そのことで大変焦っている。まだまだ書きたいことがたくさんあるのに、頭の中で膨らんでいく物語がたくさんあるのに、それらをアウトプットしないまま不慮の事故やら病気やらで死んでしまったら、と想像すると、「だったら私がこれまで生きてきた意味ってなんやったんや」といった壮大な疑問にぶち当たって虚無感に襲われる。しばらく底の方でウーウー唸りながらのたうち回ったのちに、あかんあかん、と焦って何かを書こうとするけど、そういうときに限って書きたいことが何ひとつ浮かんでこなくて・・・

 

 自在化身体プロジェクトが推し進められていった先には、装置ひとつ頭に付けるだけで他人の感情や思考を簡単に共有できる世界が待っているのかもしれん。でもそうなってしまったら人の手で書かれた文章はもはや偽物扱い、ファンタジー、フィクション、民俗、歴史。やっぱり今書かないと

 

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 だからといって何も文章に執着する必要はないけれど!音楽もやりたい!前にも書いたけど、これ↓の3分17秒からラストまでがあまりにも素晴らし過ぎて、毎晩観て、聴いてる。「毎晩"のように"観て、聴いてます!」みたいな回りくどい比喩じゃなくて、文字通り毎晩観て、聴いてる

 


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 これを観ると決まって昔の思い出が蘇る。

 

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 ピアノ教室に通っていた頃はピアノをちっとも好きになれなくて、「いい加減練習しなさい!」と言われる度に、ベートーヴェンもびっくりするくらいの勢いで鍵盤を殴り、「分かっとるわーッ!」と奇声を発して泣き喚いておばあちゃんを困らせていたけど、不思議なことに、ピアノ教室をやめた途端になぜか鍵盤が輝いてみえた。

 

 その日から毎日ピアノを弾いた。何年も習っていたはずなのに、弾ける曲などひとつもなかった。どの指を使ってどの音を弾いたら良いのか、音符の横に付いている記号が何を意味するのかも分からない。当然楽譜も読めなかったから、ドの位置から「ドレミファソラ…、これはシかぁ」とひとつひとつ指で数えて、音符の下に「シ」とメモする必要があった。それから何度も繰り返し同じところを弾いて指に覚えさせる。これを夢中で繰り返すうちに、自然と曲の世界に入り込めるようになっていった。不思議なことに、その曲の中に入り込むと、楽譜の指示など関係なしに強弱や緩急を指自体が理解し始める(そこに私の意思はない、というより入り込む余地がなかった)。ついには目を瞑った状態でも弾けるようになった。

 

 そうするとなんだか泣けてくる。鍵盤を殴って奇声を発して泣き喚いていた頃の涙とはまったく違う涙が溢れてくる。こんなに綺麗な世界が在ったんだ・・・!?という衝撃。学校から帰るとすぐにパソコンを開いて顔の見えない相手との気兼ねないやり取りを楽しみ、PS2を起動させてドラクエの世界に逃げ込んでいた小学生が、学校から帰るとすぐにピアノの蓋を開いて音楽の世界に浸る中学生になった。どちらも内に篭っていたのには変わりないけど、精神的にいくらか健康になった。

 

 別に嫌になったとか飽きたとかではなく、環境の変化が原因で、中学最後の音楽会で伴奏を務めたのを最後に全くピアノを弾かなくなった。今でもあの「強烈だけどふわふわと優しい、心地良い感覚」に妙な憧れがある。夕暮れ時の海沿いを歩きながらどうでも良いことを考えているときに感じる興奮とまったく同じ感覚。あるいは上に載せたCharaの映像を観てるときに感じる興奮とまったく同じ感覚。

 

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 ジャンベ、やはりよいよな〜!そもそも女に叩かせてくれるのかって話ではあるけど、やっぱどーしても叩いてみたい!残念ながら、ジャンベの本場であるセネガルやガンビアに滞在中、ちょうどラマダン(イスラム教徒が断食を行う月。この期間は娯楽も禁止される)の時期と丸かぶりで、それはそれでいろんな経験が出来たから良かったけれど、楽器の演奏を聴くことが出来なかったのがすんごく心残りで。そのせいか、アフリカの楽器に対する未練をしぶとく抱き続けている。

 

 カーリー・ショッケールの伊丹さんにコンタクトを取ろう、取ろうって19の頃から思ってる。思ってるだけ・・・自分が未熟過ぎるがゆえに「私なんかが連絡して良いんやろか」と尻込みし続けること8年。人はいつでも そこ に存在するとは限らないのにね


 パリに居た頃、ヨカ・ショックの丹羽さんがパリに住んでいるという情報を聞きつけて、勇気を振り絞ってFacebookでメッセージを送った。せっかくお返事を下さったのに、そこでもまた気後れして、ウジウジして、ライブに足を運ぶことなくパリを後にした。

 

 根っからのゼロorヒャク気質のおかげで物事が良い方に転ぶこともあれば、こうして良くない方に転ぶこともある。ヒャクの状態に持って行ってから会いに行こうと考えているうちに世界が変わってしまったら、あるいは自分が、相手がどうにかなってしまったら、とか考えると恐ろしくて仕方がない。現にこの2年半はコロナで足止め食らってたし。やっぱり大学生のうちにザイール(コンゴ民)へ行って、リンガラ・ポップスを生で聴いてくる!生活に溶け込んだ音色・リズムに触れたい。リンガラ・ポップスが【昔のもの】になってしまう前に・・・(もしかしたらもう手遅れかもしれん、というかその可能性の方が高いような気がする、だから行かないと、いかんせん情報が少ないもんで、なんにも分からない)

 

-追記(2022 1014 1903)-

 アントニオ猪木が亡くなった。「猪木、ボンバイエ!」の"ボンバイエ Boma ye"は、リンガラ語で「やっちまえ!(=殺しちまえ!)」という意味です。しれ〜っと身近に潜むアフリカの言語 意外とすぐそこにアフリカが転がっている、全然遠くない