突然のスコール、トラックの下で雨宿り

 

 学校からの帰り道、自転車で Rte de Rufisque を北上していたら、突然のスコールに見舞われた。さっきまでの痛い日差しはどこへやら、バケツをひっくり返したくらいじゃ済まない土砂降りにうろたえていると、先ほどまで日陰でだらだらと井戸端会議をしていた男性数名が大型トラックの下に潜り込んで行くのが見えた。すると、私に向かって"Hey, chinois! Viens ici!(ヘイ中国人!こっち来なよ!)"と手招きしながら叫んだ。

 

 「トラックの下か・・・」と少し躊躇して、他に避難できる場所がないか辺りを見渡してみたものの、雨風に打たれて今にも崩れそうなトタン屋根があるのみ。自転車を路肩に停めて、呼ばれるがままにトラックの下に潜り込んだ。

 

 男性10〜15名程がここに避難していた。異様な光景に興奮する。仲間に入れてもらうために、拳と拳を突き合わせながらお決まりの挨拶。"Ça va?(元気?)" "Oui, Ça va bien. Et toi?(うん、めっちゃ元気、そっちは?)" "Bien, bien!(俺もちょー元気)"

 

 何も言わずにただひたすら雨の様子を眺めながらぼーっとしている人も居れば、ペラペラと取り留めのないことを話しては声を押し殺して笑っている人たちもいた。トラックの下は窮屈で肌寒くてガソリン臭くて最悪だったけど、この特異な状況下で私たちの間に自然と結束感めいたものが生まれ(た気がして)、安心感で満ちたあたたかい空気が横たわっていた。

 

 EVISBEATSの『Chill』を聴きながらぼーっとしていたら、近くにいた同い年くらいの男の子たちに話しかけられた。どこの国から来たのか、とか、何しにセネガル来たんだ、とか、何度聞かれたか分からない質問に答えつつ、はー、だるいねー雨、ってため息をついて皆で遠くを見つめてた。ところが私がダカール大学のフランス語講座に通い始めたことを知るや否や顔色が変わり、

 

 "Pourquoi? Pourquoi tu apprends le français? Tu es maintenant au Sénégal, donc, tu dois apprendre le wolof aussi."

 (どうして?何でフランス語なの?君は今セネガルに居る。だったらウォロフ語も学ぶべきじゃんか)

 

 このひとことがきっかけで、【肌の白い外国人が、自分たちの言語ではなく、旧宗主国の言語を学んでいること】が現地の人々にどう映るのかについて考えるようになった。フランス語なら日本でもフランスでも学べるのに、私はどうしてわざわざセネガルを選んだのか?・・・考えているうちに情けない気持ちで一杯になって、自分の心に巣食う無自覚な傲慢さに嫌気が差した。また、彼が「ウォロフ語"を"学ぶべき」ではなく「ウォロフ語"も"学ぶべき」と言ったことがずっと引っかかっている。そこに何らかの意図はあったんやろか?

 

 雨が上がるまで簡単なウォロフ語を教えてもらった。ナンガデフ?マンギフィレック。ノートゥドゥ?マンギトゥドゥアカリ。ジュルジュフ・・・

 

 雨音がぴたりと止んで、再び痛いくらいの日差しが降り注ぐ。特にこれといった合図もなしに、皆それぞれのタイミングで元居た場所へと散っていく。空も人も何事もなかったかのように元通り。まだまだこの不思議な余韻に浸っていたかった私は、急にその場に置いてけぼりにされたような気がして寂しくなった。トラックの下に未練を残してきたのは私だけなんか?失恋した時の、心にぽっかりと穴が空いた感覚によく似た何かを感じながら自転車に跨り、覚えたてのウォロフ語を呟きつつ、あのひとことを反芻しながら帰路に着いた。

 

 

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