2021 0516 0103

 

  • 「一瞬、私は幼い頃これと同じ光景を見たことがあるような気持になり、なんともいえぬ懐かしさに恍惚となった」:チェーホフ『中二階のある家』

 

 夕暮れ時の海辺を歩いていると不思議と↑こんな感覚に包まれる 海無し県で育ったから幼少期に海に親しんだ記憶など一ミリもないのに、夕焼け小焼けのチャイムを聞いて「もう今日が終わっちゃった〜・・・」といちいちしんみりしていた小学生の頃の情景が目の前に広がる

 

 「あーちゃん今日は何が食べたい?」働き詰めだった母に代わって祖母(ばぁばと呼んでいた)が毎日夕食を作ってくれていた ひとりっ子な上にひとり孫でもあるので祖母は私を毎日毎日甘やかす 私には自分の意見がなかった 外でも家でも常に気を張っていて、誰かに頼ること、甘えることが心底苦手だった だからいつも「なんでもいい」と言って困らせた すると祖母は「パントリーにお菓子あるから、なんでも食べてちょうだい」と言って台所に立つ 私はいくつかお菓子を取ってきて、忍たま乱太郎や天才てれびくんを観ながら食べる

 

 そのまま祖母の家でお風呂に入り、クーラーの効いた祖父(じぃじと呼んでいた)の部屋でテレビを観る 一緒にパソコンで麻雀やカードゲームをしたり、当時勤めていた大学の資料作りを横で眺めたりしていた

 

 夜になると母が迎えに来る 玄関まで見送りに来た祖母に「…おやすみ」と表情ひとつ変えずに可愛げのない声で挨拶をして、"ああ今日も何ひとつ孫らしいことが出来なかった"と心の中でため息をつきながら車に乗り込む 車酔いの激しかった私は、できるだけ酔いを意識しないために音楽の世界に没入する必要があった 35度を超える暑い夜も雪の降る夜も、車内にはほとんど決まって中島美嘉の『Be in Silence』が流れていた

 

 

 どうしてそうなったのか、はっきりと覚えていないけど、車ではなく母のママチャリで一緒に帰ったことがある 荷台がなくて2ケツ出来なかったから、ちょっとヤンチャな小中学生のように後輪のハブ部分に立って母の肩を持って颯爽と あそこらへんに住んでいた子なら分かると思うけど、当時はまだ至る所に田んぼがあって、夏になるとカエルの大合唱が夜の田舎町に響き渡っていた

 

 しかし、その後急速に宅地開発が進み、あっという間に田んぼが埋め立てられていった それに伴いカエルの大合唱も聞こえなくなった ポツリポツリと「ゲコ、ゲコ」という鳴き声が聞こえるのみ。高一の頃、現代文の期末テストで「あなたにとっての"無常"とはなにか」という自由解答式のボーナス問題を目にしたとき、真っ先に思いついたのはこのなんとも言えない寂しさだった 赤点は免れた

 

 3歳から16歳まで暮らしたアパートにはいろんなひとが住んでいた 入居者の半分以上が外国人で、夏になるとしばしば駐車場でブラジル人たちによるバーベキューパーティーが開かれていた 母が言うには、私たちが入居した頃はまだまだ母子家庭に対する偏見が強く、例え収入があったとしても快く受け入れてくれる不動産は少なかったそうだ ここの大家さんはとても穏やかな人だった  一切介入はしてこないが、しかし常に暖かく見守られている感じが心地良かった

 

 ある夜、202号室の車のライトが点けっ放しだったから知らせに行くと、ブラジル人の女性が出た。「旦那さん、仕事、いない…どうしよう?」と片言の日本語で助けを求められる。小学生の私にどうしようと言われてもどうしようもない 埒のあかないやり取りを繰り返していたら中からフェレットが出てきた

 

 もちろんここはペット禁止 だけど多分みんな何かしら飼っていた だからうちもいつか飼えるかもと思って野良猫を可愛がっては「うちに来る?」としつこく話しかけてそっぽ向かれてた 

 

 それからはホームセンターに用事がある度に併設のペットショップに寄ってフェレットを眺めていた「202号室の人、フェレット飼ってたよね」とさりげなく母におねだりするも、うちペット禁止だから、と断られる

 

 田舎あるあるなのか、あの地域特有のものなのかはわからないけど、小学生のうちは地域ごとにまとまって分団登校をしなければならなかった 集団行動がなによりも苦手だった私はアパートの階段からひょっこりと顔を出して集合場所をじっと見つめる 皆が出発したのを確認してからひとりでのんびりと登校する 川に架かる、せいぜい2人が並んで通れるくらいの細い橋からアパートが見える

 

 

 さてこんな回顧録を書きながら、これからあの地で生まれ育つ子どもたちはどんな記憶を刻んでいくんやろと想像してみた 私がこんなふらふらしてるうちに地元の同級生たちは既に結婚して子どもを産んでマイホームを購入してそれぞれの人生を進めている 

 

 「掘立て小屋ですか?」と聞きたくなるようなボロボロの駅も、帰省する度に進化していて昔の面影はほとんどない あの廃れた古本屋の跡地にスタバが出来たらしい 別にそれでいいけども

 

 5月15日は沖縄本土復帰の日ということで国際通りが騒がしかった 沖縄で生まれ育つってどんな感じなんやろか 聞いてみたいけど相変わらず友達作りに関心がないのでVRゲームして内に閉じこもってます(給料入ったらLast Labyrinthやりたい)今年こそ友達作るぞ……とボソボソ言っている間にまた大晦日になってるんだぜえ

 

 

 沖縄の梅雨は本州の梅雨のように一日中雨が降り続けるわけではないらしい スコールが止んだらこんなにカラッと晴れることもあるんだって、今日がまさにそれだった