2022 0130 0101

 「契約更新の記入と捺印が必要ですので明日出勤したらお願いします。印鑑忘れないでください。明日までの提出期限です」

 

 バイト中、もう一つのバイト先からこんなLINEが届いた。すぐに既読を付けて「了解しました」などと返信してしまえば、もう二度と印鑑を思い出すことはなくなり、印鑑を持たずに出勤する未来が見えたため、帰宅するまで未読のままにしておいた。それにもかかわらず今朝、タイムカードを打刻しながら放った言葉は「しまった!印鑑持ってくるの忘れた!」

 

 確かに印鑑を手元に用意してから「了解しました」と返信したはずだった。あと一歩、カバンにぶち込むところまで進めておけば・・・いつもいつも最後の詰めが甘い。こうして毎日何かしらを忘れ、何かしらを持って帰り、何かしらを失くして一日を終える。(【朱里の㊙️おっちょこちょい記録☆】とか作ったら一ヶ月でノート一冊埋まりそう)

 

 幸いにも今日は人が足りていたので勤務中に印鑑を取りに戻ることになった。バイト先から家までは原付で片道40分かかる。信号に捕まる度に溜息が漏れる。これだけデジタル化が叫ばれる世の中にあって、もっともアナログな慣行と言っても過言ではないハンコ文化がしぶとく生き残っている所以について考えていたらあっという間に家に着いた。見慣れた建物のはずなのに、土曜日とかいう浮かれた曜日の昼間にこうして外観を眺めることなど滅多にないから、なんだか違う建物のように感じられた。もうすぐ正午だというのに携帯を握りしめながらソファで大口を開けて眠っている大きな子どもを横目に、机の上に転がる印鑑をダウンジャケットの左ポケットに突っ込む。昨日食べきれなかったアルフォートの残りを口の中に放り込んで、家を出る前に再び大きな子どもの元へ行くと、寝ぼけた声で「なんで…いる…?」…Beats me!(さあね!) 

 

 バイトを終えて帰宅すると、洗濯機を回して窓を開けてNujabesを流してチョコパイを食べて考えごとをして・・・というお決まりのルーティンの後、「無気力おばさん」という高校生の頃のあだ名に相応しく、椅子の上であぐらをかいて机に突っ伏したり、流れるようにベッドにダイブしたりして何も考えずに時間を溶かした。この間ずっとNujabes。World's End Rhapsodyを聴き終えてからようやく身体を起こした。2021年の元日にも書いたように、わざわざ新年の抱負を掲げるまでもなく、クリスマスであろうが元日であろうが誕生日であろうが無為の日々を見送るだけだ(それが一番幸せ)という気持ちは変わらない。そうしているうちにいつの間にか日が落ち始めていた。一日のうちでほんの数分しか見ることのできない『白い家々が夕焼け空のオレンジを反射している様子』が堪らなく好きで、ベランダに出てちょっとの間眺めていたら、隣だか上だか下だかのベランダから風に乗ってやってきた柔軟剤の匂いで一時間前に洗い終えた洗濯物の存在を思い出した。

 

 洗濯物を干し終えてから、何週間かぶりに近くのビーチまで散歩に出掛けた。先程よりも強くオレンジ色を反射する家々の様子が視界一杯に広がった。空き地で遊ぶ小学生の甲高い声、彼らがボールを突く音、どこからか聞こえてくる犬の遠吠え、風に乗ってやってきたどこかのおうちのゴハンのいいにおい。セピア色に加工された風景と痛みがよみがえる。時刻は17時40分で、あと10分もすれば太陽が沈む。ちょうどひと月前の日没時刻が17時35分頃だったことを思えば、段々と日が長くなっていることを実感する。冬至を越えれば、あとは夏至に向かって日が長くなってゆくのを毎日楽しむのみ!

 

 「暗くなり始めた夕方ごろが一番危険」という教習所の教えは何処へやら、仕事終わりの人間を乗せた車は住宅街の細い道を我が物顔で突き進む。見通しの悪い十字路に四方から車が集合した。運転手それぞれがアクセルをゆっくりと踏んでじりじりと前に出てみたり、やっぱりブレーキを踏んで止まったりして、さて誰が先にここから抜け出すのかな!?と呑気に観察していたら、皆の視線がこちらに向いているのに気が付いて小走りで道路を渡った。

 

 適当な場所に腰掛けて砂浜で走り回る子どもとその父親を観察していたら、スマホがブルッと震えた。

 

 「今、XXビーチにいるよ」

 

 前のバイト先で仲良くなったインドネシアの子からだった。「え、私もXXビーチにいる笑」と返事をしてから電話をかけて、落ち合った。

 

 コロナで国に帰れないからもう一年ビザを延長したらしい。あそこで働くインドネシア人たち、皆が口を揃えて「インドネシアに帰りたくないね〜」とちょっと寂しそうな目をして呟くもんだから、それ以来、日本で働く外国人に「コロナで国に帰れなくて寂しくない?」と聞くのをやめた。私だって「お正月は帰省しないの?」と聞かれてあまり良い気持ちはしない。生まれ育った町を自らの意志で去った人のなかには、決してポジティブではない理由を抱えている人だっているはず。ただしもちろん、休憩が終わる5秒前まで、自国に残してきた家族とビデオ通話をしている人もいる。人の数だけ人生がある、、、