食べることは生きること

 

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私ほどになるともう、どんなテーマからでも孤独を深掘りできる自信がある(できれば胸を張って言いたくない言葉ランキング一位)。生きてきた道のりの中で孤独はいつも私の隣にあったし、それを避けるよりもむしろ「考える材料」にして真っ向から立ち向かうほうが楽だった。


今回は「自炊」を軸にして、孤独について考えてみたい。考えてみたい、というか、しんどすぎて考えざるを得なかったから仕方なく考えたのだけど。そして、過去の今の未来の自分のために、誰かのために、ここに置いていく。

 

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彼氏と別れてから、自炊の数が極端に減った。仕事帰りに「今日こそはスーパーに寄って、何か野菜を買い足して、夜はちゃんと作ろう」と考える。頭の中で段取りを組み立てる。しかし気づけばスーパーを横目に通り過ぎ、結局コンビニの袋を提げている。


果てしなく怖いのだ、自炊をするのが。


自炊が怖いと言っても、それは怠けや面倒くささのことではない、むしろ逆だ。心のどこかでは自炊をしたいと思っている。栄養バランスを整えて体を労りたいし、節約もしたいし、規則正しい生活を送りたい。だけど、その先に見えるものを失ってしまった今、つい自炊から目を背けてしまう。自炊という行為はこれまでの私にとって未来への投資を意味していた。ダイエットや節約、自己研鑽。それらは「これから」に意味を与えるための小さな積み重ねの行為だった。しかし孤独や喪失感の中にいると、未来は曖昧なものになり、その行為自体が「これをしたとて何になるのか」という問いに変わる。自炊が、自分の存在を問う行為になってしまう。包丁を握るだけで、「私は何のために生きているのか」という問いを突きつけられる。食事がそんなふうに自分の存在を暴く瞬間がある。

 

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幼い頃の食卓の記憶も影響しているのだと思う。私は子どものころからご飯の時間があまり好きではなかった。母と祖父母と叔父と叔母の六人でご飯を食べるのだけれど、会話は難しい政治や時事の話ばかりで、子どもは私ひとり。そこに混ざることはできなかった。疎外感ばかりが募り、食卓は温かさよりも重苦しさをまとっていた。だから私は癇癪を起こしたり、途中で食べるのをやめて残したりもした。食べることは「楽しいこと」ではなかった。

 

高校生になると母と叔母と私の三人暮らしになった。母は病気になり入退院を繰り返し、夜ご飯を食べられなくなった。叔母はあまり家にはおらず、外で済ませてくる。だから私は学校帰りにスーパーで少し食材を買い足して、家にあるものと合わせて簡単に料理を作った。ゲオでDVDを借りてきて、アメリカのドラマ "The OC" を観ながらひとりで食べた(この時に海外への憧れを膨らませた)。作った料理は綺麗に盛り付けてブログに投稿した。誰かに見てほしかったのだと思う。ひとりで食べていても「共有している感覚」が欲しかった。

 

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元彼と同棲していた頃は違った。あの頃は週に六日、朝も昼も夜も自炊をしていた。喜んでもらえることが嬉しかったし、誰かと食卓を共にすることに意味があった。自炊は孤独を突きつけるものではなく、むしろ愛情を伝える方法だった。前日の夜から仕込んだバターチキンカレーも、忙しい夜にぱぱっと作った麻婆豆腐も、誰かが美味しいと言って食べてくれるだけで「作ってよかった」と心から思えた。その頃の自炊は、ひとりでやる自己研鑽ではなく、ふたりで暮らす毎日のリズムだった。


その頃の彼とはお別れしたが、別の彼氏が出来ると、今度は一緒に食べられない代わりに自炊したご飯の写真をよく送っていた。ダイエット中の質素で映えないご飯でも、ただ見てもらうことで自炊は立派に意味を得ていた。食事の写真を送る行為は、ただの報告ではない。自分が生きていることの小さな証明であり、「今日もちゃんと生活しているよ」という自己開示であり、「あなたに見てほしい」という愛情の表現だった。たとえお皿にブロッコリーとゆで卵だけが載っているような簡単な食事であっても、それを彼が受け取ることで「孤独な食卓」ではなく「共有された時間」に変わっていた。自炊という行為そのものではなく、「見せること」「受け取ってもらうこと」で、食事は物語を持っていた。

 

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その回路が途絶えた今、私は自炊を前にして立ち尽くしている。包丁を握ろうとすると、「この食事を誰と共有するのか」という問いが浮かぶ。自分ひとりのために作ったとして、その行為に意味はあるのか。誰にも見守られない食卓は、まるで存在が宙に浮くようで落ち着かない。承認欲求という言葉では片づけられない、もっと根源的な欲求が絡んでいるのだと思う。それは「自分の営みを誰かに見守っていてほしい」という感覚だ。私はここにいる、ちゃんと生きているということを、誰かと同じ視線に乗せたい。自炊はその媒体だったのだ。


自炊は本来、生きるための基本的な営みである。野菜や肉を切り、炒めたり煮たり揚げたりして、皿に盛る。その一連の作業は「私はここに生きている」という確認作業でもある。だけど心が寂しさや虚しさに覆われている時、その確認はむしろ痛みになる。「たった一人分のために用意する」という行為が、孤独を直視させてしまう。生の肯定行為が、皮肉にも生の欠落を示す行為に反転する。だから私は今、自炊を避けている。これはある種の自己防衛に近い。存在を脅かす痛みを避ける。自炊そのものではなく、自炊によって浮かび上がる「空洞」を避けているのだ。

 

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同じ「夕日を眺める」という行為でも、ひとりで眺めるのか、誰かと一緒に眺めるのかでは意味合いが異なるように、「食べる」という行為にも二重性がある。誰かと一緒に食べる時、食事は温もりと満足で満ちる。反対に、ひとりで食べる時、食事は孤独の輪郭を濃くする。包丁を握るたびに自分と向き合わされる。規律的な行為を、理由を見失ったまま続ける痛み。その直視がときに耐えられないほど苦しい。


食事を誰かと共有するというのは、本当にそれだけで生の肯定につながる。たとえその場にいなくとも、なんらかの手段で共有できているという事実が孤独を和らげる。高校時代、作った料理をブログにアップするだけでひとりの食卓が少し救われたのも、彼氏に写真を送るだけで質素なダイエット飯が意味を持ったのも、すべては「食べる営みを誰かと共有している感覚」があったからだ。食事は孤独を強調もするし、孤独を和らげてもくれる。

 

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初めて「食べる営みを誰かと共有している感覚」を体験したのは、21歳の時、旅先での一皿だった。18時に門が閉まるギニアとセネガルの国境で足止めを食らったとき、見知らぬ家族がご飯に招いてくれた。真っ暗闇のなか、大皿に盛られた「チェブジェン(魚の炊き込みご飯)」を囲んだ。肩と肩が触れそうな距離で、魚や野菜や米を分け合った。遠慮がちな私に「食べろ、食べろ、食べないと死んじまうぞ」と無理やり食べさせるセネガル人たち。角砂糖のたっぷり入ったミントティーもごちそうになった。懐中電灯に群がる虫が紛れ込んでいたけれど、おかわりするくらい美味しかった。ウォロフ語しか話さない彼らと私の間に言葉はほとんどなかったけれど、温かさは確かにあった。誰かと食べるというのはこういうことなんだと、初めて深く腑に落ちた。食事は単に栄養の摂取でも自己管理のためのルーティンでもなく、誰かと一緒に「生きていることを確かめ合う営み」でもあるのだと知った。ぽかぽかした心を大事に大事に抱えながら、道路脇にテントを張り、満点の星空の下で眠りについた。

 


 


独り身になり、大学を辞め、幸か不幸かとてつもなく身軽になった今、起きている間も眠っている間もずっとずっと孤独について考えている。「つまるところ、生きるってなんなんや?」を突き詰めていくと、どんなに孤独でも、寂しくても、食べることは生きていく上で避けられない事に気づかされる。ぼーっとしてても勝手に腹は減るもので。だったら、なんかしらの形で食べることを共有できる世界に自分を置きたい。


11月に、再びセネガルを訪れようとしている。パリで一泊して18区にあるセネガル料理屋さん(フランスワーホリ時代、よく足を運んでいた)を訪ねた後、セネガルの首都ダカール、チェブジェン発祥の地とされるサン・ルイに計10日間、チェブジェン修行の旅に出る。修行の旅といっても厳しいものでも華やかなものでもなく、ただ市場で魚を買い、散歩をし、家庭の台所や道端の食堂で会話をしながら料理を教わりたいと思っている。私の旅の基本は【散歩・雑談・飯・睡眠】。久しぶりだな、もう一人で旅に出ることなどないと思ってた!私の人生本当に分からないことだらけだな


先月31歳になった。のに、まだまだ自分の足で立てている実感がない。孤独に怯え、喪失にうろたえ、つくづく涙ばかり出てくる人生だと思う。涙は行動に移すための大きな原動力になるよ、でももうそういう「青春」からは卒業できたと思い込んでた。やっと普通の道を歩めるんだと安心してた。甘かった。まだまだ未熟だった。虚しさや痛みを抱えたまま、もう一度アフリカにお世話になります(アフリカ=もはやセラピスト…)。あの土地に身を置くだけで、ただ食べて、歩いて、眠ることが、どんなに尊いものなのかを際立たせてくれる。私にとってそれはある種の治療のようなものだったりする。


たった一人の食卓に意味を見いだせないなら、遠い場所へ出かけてでも「食べることを共有する意味」を探しに行く。そこで得たものを、何らかの形で社会に還元できたらいいな。

 

(↓この曲が似合う人生を送りたいし、この曲で人生を終えたい)


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